荒木経惟「冬へ」

千葉大学工学部写真印刷工学科在学中より、カメラ雑誌の月例コンテストで賞金稼ぎ。電通に入社後、広告写真を撮りつつ、終業後のスタジオを”私用”して写真スタイルを模索。在学中にであった子供の活き活きとしたガキ大将ぶりを撮った写真「さっちん」で64年第一回太陽賞受賞。70年には会社のコピー機を利用した「ゼロックス写真帖」全25巻を制作や写真展開催など行う。71年、電通で事務仕事をしていた青木陽子と結婚。その新婚旅行での写真「センチメンタルな旅」を限定1000部を制作し、取り扱いをお願いしに行った紀伊国屋書店の社長に云われて序文として「私写真家宣言」を挿入することになる。
その後、コンパクトカメラの日付機能を使った偽ルポルタージュ手法やら様々な表現方法を使った写真表現を行っている。
被写体が主であった近代写真だが、戦後日本でのVIVOなどの活動を含め、徐々に撮影者としての個を表現する手段として成立していく。抽象的な表現であったり、詩的な表現であったりしたわけだが、荒木氏は「私小説」としての写真を確立した。
荒木氏はそれこそ日本で一番写真集を出している写真家であろうから、どの本をまず取り上げるべきか難しい。今回のこの本は1990年に子宮肉腫の為、亡くなった妻・陽子さんが闘病中の1989年春から冬へ、愛妻に迫る死の影を感じつつ撮り重ねたカットが集められている。すべて縦位置で揃えられた、彼の仕事を含めた生活の中で撮られた写真に、生や死や愛や幸福などへの想いがモノクロ写真に写り込んでいる。個々の写真は地味なものではあるが、アラーキー的私小説写真の頂点とも云える写真集ではなかろうか。