森山大道「写真よさようなら」

森山大道「写真よさようなら」

 

森山大道氏は1938年大阪生まれ。高校を中退しフリーの商業デザイナーをしているうちに写真家・岩宮武二氏のスタジオアシスタントをし始める。その頃、日本の現代写真界ではそれまでのリアリズム的な写真とは違ったいわば私的・主観的表現を模索した写真集団VIVO(細江英公・東松照明など在籍)が東京で話題になっており、岩宮氏の紹介でそこに参加すべく上京するものの参加直前にVIVOは解散。細江英公氏の助手として、彼の代表作である三島由紀夫を撮った「薔薇刑」の撮影に立ち合い、暗室作業なども担当。フリーのカメラマンとなり、カメラ毎日に連載された「にっぽん劇場」で日本写真批評家協会新人賞を受賞。盟友・中平卓馬に誘われて伝説の雑誌「プロヴォーグ」に2号から参加。結局プロヴォーグは3号と総括集「まずたしからしさの世界をすてろ」で廃刊となるが、現代日本写真史として大きな足跡を残すプロジェクトになった。
そして1972年に刊行されたのがこの「写真よさようなら」。写真とはなにかを突き詰めた先、「写真を写真の涯まで連れて行って解体したい」という思いで作られた写真集。アレブレボケの写真が多用され、既知の意味合いとしての真=リアリティを解体した先にある真を探求した写真集となっている。2006年新装版ではオリジナルには含まれていた中平卓馬との対談は省かれて表紙以外文字のない写真集になっている。

 

個人的に大道写真との本格的な出会いは、この写真集を撮り終えた後、写真を撮るモチベーションがなくなってしまった大道氏が復活したきっかけとなった81年から雑誌・写真時代での連載「光と影」や、つづく82年にアサヒカメラで連載された「犬の記憶」ぐらいからである。ちょうど大学に入ったあたりの青臭い反抗精神旺盛な時期だったこともあり、みごとに魂を揺さぶられた。

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