吉田ルイ子「LUV 時さえ忘れて」

海外へのあこがれから外交官を目在していたがそのころ女性には門戸が開かていなかった。慶大法学部卒業後、放送関係の仕事を経て、超難関であったフルブライト交換留学生に受かり1961年に渡米、コロンビア大学大学院放送ジャーナリズム科で学ぶ。在学中に知り合ったアメリカ人と結婚し、ハーレムの公営アパートに住むようになる。ハーレムに対して何の知識もなく、そのため偏見もない。住むと周りの住民は当時の日本の下町のように人情味あふれた世界。そこに溶け込み、写真を撮り始めるようになり、大学院もフォトジャーナリズムに転科。60年代のアメリカは公民権運動やベトナム戦争、大学紛争など、色々なことが蠢いていた時代。ハーレムの暮らしの表情だけでなく、その時代が作り出す政治的風景も被写体となっていく。卒業後、広告代理店に就職。黒人少年のクローズアップ写真が使われた貧困撲滅キャンペーンポスターが1968年度の公共広告賞を受賞。
1972年に帰国後、写真展「ブラック・イズ・ビューティフル」を開催、写真集「ハーレムの熱い日々」出版。その後、ベトナム・南アフリカ・キューバ・ニカラグラ・リビア・インド・パキスタン等、世界中を旅し、戦争や貧困、差別に苦しむ人々を撮り続ける。女性フォトグラファーの草分けであり、リアルな視点で”Black Power”を日本に紹介したジャーナリストである。
この写真集は世界を飛び回って撮影されたものの中から、愛してやまないものたちの写真と文章が取材日記風にまとめられている。マルコムXの葬儀、ミュージシャン、そして子どもたち等。